|
「ごみの重量を正確に計れる収集車がつくれるなら、極東開発さんから購入するよ」
スケールパッカー開発のきっかけとなったのはそんなお客様の一言だった。環境意識の高まりとともに、ごみ排出量を正確に把握したいという企業が増えつつあった。そうした企業のニーズに応えることで顧客満足度の向上を図ろうとする事業系廃棄物回収業者のお客様からの要望だった。
つくれば売れる! そう直観した営業担当の村井は即座に設計検討依頼書を、設計担当との仲立ちをする業務課に送った。社内には「本当に売れるのか?」と疑問視する声もあったが、「全国の営業から開発要求が出てからでは遅い。そのときには競合他社も動き出している」と村井は引き下がらなかった。営業会議などで何度も訴え、ようやく開発にゴーサインが出て、お客様との契約が成立。しかし、その後の道は平坦ではなかった。
「ダンボール回収の分野では計量器を積んだクルマはすでに販売しています。しかし、事業系廃棄物は生ゴミが主体。ダンボールの場合とは積載重量が違いすぎました」と村井。ダンボールと生ゴミとでは比重の違いから同じボデーサイズ(容積)で比較すると積載重量は2倍の6トンに増える。走行時はこれに加速度が加わるため、さらに大きな重量に耐える計量器と車体強度が求められた。これは開発を担う赤塚にとってはかなりの難題だった。
「それだけの重さを支えら、かつ高精度で車両に搭載できる計量器はどこにもありませんでした。計量器メーカーに開発を依頼したのですが、大量発注が見込めないという理由で難色を示されました」
赤塚はメーカーに対して粘り強く働きかける一方で、積載重量の増大で強度が不足するフレームの補強に心を砕いた。村井もメーカーへの説得に加わり、ようやく潜在ニーズの大きさが理解されて、計量器の開発が決定する。が、納期は大幅にずれ込んだ。
「お客様に約束していた約4か月という納期が、日一日と遅れていくのは辛かったですね。しかし、開発状況を逐一お伝えするなかで、"世界で最初の1台"をいっしょにつくっているのだという意識をお客様にもっていただくことができました」(村井)
こうして予定を3か月以上も過ぎた2002年6月に初号機が完成。待ちに待った納品となった。
「お客様の喜びようは大変なものでしたが、一番うれしかったのは私です」と村井。もちろんその思いは赤塚も同じだった。が、赤塚はそこで肩の荷を下ろすわけにはいかなかった。スケールパッカーの量産に向けての開発が控えていたからだ。

|